DeepSeekが今回詰めたのは、モデルの賢さの上積みよりも「推論時に抱えるメモリの重さ」だ。V4.1-FlashはグローバルKVキャッシュをトークンあたり890バイトまで圧縮し、前世代のFlashと比べてHBM使用量は1/4、SSD使用量は1/8になった。長文脈(100万トークン)やエージェントを動かす開発者にとって、ボトルネックになりやすいのは演算よりキャッシュの置き場だ。そこが軽くなれば、同じGPUで扱える文脈量や並列数に余裕が生まれる(ただし実際の提供コスト低下は公式発表では示されておらず、本記事では断定しない)。しかも重みはMITライセンスで公開され、vLLM・SGLang・Transformersで動かせる。フロンティアモデル競争が「最上位の賢さ」から「どれだけ軽く回せるか」の軸でも争われはじめた、というのがこの発表の位置づけだ。そこから浮かぶ本当の問いは、推論メモリの効率化でオープンウェイトが閉じたモデルとの差を詰めるとき、差はどこに残るのか、である。ベンチマークの結果はその問いに部分的に答えている(後述)。

何が起きたか

DeepSeekは「DeepSeek-V4.1-Flash」を公開した。公式発表は「greater capability, faster inference, higher throughput, and scaling to larger models」を目指した設計だと説明している。DeepSeek APIではネイティブなマルチモーダル対応で提供中だ。

旧モデルのV4-FlashとV4-Flash-Vision-Expは引退(retired)となった。互換性のため、旧モデルID(deepseek-v4-flash、deepseek-v4-flash-vision-exp)は一時的にV4.1-Flashへルーティングされる。API利用者は、モデルIDを指定したままでも実体が新モデルに切り替わる点に注意が必要だ。

仕組み・詳細

  • Causal Encoder–Decoder(CED)アーキテクチャ: 入力処理(prefill)でトークンあたり8B、出力生成(decode)で16Bのパラメータを活性化する非対称構成。公式の名称はCEDで、「非対称」「分割型エンコーダ・デコーダ」はその言い換えにあたる。
  • 規模: 552Bのバックボーンパラメータを持つMoEモデルに、条件付きメモリモジュール「Engram」の196Bパラメータが加わる。コンテキストは100万トークン。
  • KVキャッシュの圧縮: スパースアテンション「Compressed Sparse Attention 2(CSA2)」(層間共有の機構を含む)と、FP4(E2M1形式)のメインKVキャッシュにより、グローバルKVキャッシュはトークンあたり890バイト。技術レポート(arXiv:2609.19969)は、V4-Flash比で約4分の1、DeepSeek-V1比で437分の1の削減としている。
  • 推論の強度指定: 公開APIではreasoning_effortにlow/high/maxの3段階を指定できる。

数字で見る

指標 Opus-5.0 GPT-5.6 Sol DeepSeek-V4.1-Flash
Terminal-Bench 2.1(Pass@1) 89.1 88.8 90.6
DeepSWE v1.1(Resolved) 74.0 73.0 74.2
Terminal-Bench 4.0(Pass@1) 51.8 39.9 31.2
GPQA Diamond(Pass@1) 93.4 94.1 90.9

出典はモデルカードに記載された値で、DeepSeek自身が公表した比較だ。Terminal-Bench 2.1とDeepSWE v1.1ではV4.1-Flashが両モデルを上回る一方、Terminal-Bench 4.0とGPQA Diamondでは両モデルを下回る。つまり、効率化したFlash系が一部のコーディング系ベンチマークで最上位に並ぶ一方、より難度の高いタスクと科学推論では差が残っている。

背景

DeepSeekのFlash系は、実務で大量に呼ばれる軽量側のラインだ。今回はこの系列の新世代で、アーキテクチャ(CED)・アテンション(CSA2)・量子化(FP4)をまとめて入れ替え、KVキャッシュの小型化を前面に出した。DeepSeekは自社モデルをAnthropicのOpus-5、OpenAIのGPT-5.6 Solと並べて比較する形式を採っており、フロンティアモデルを基準に据えた発表になっている。

なぜ重要か

  • 開発者への効き目: KVキャッシュは長文脈・エージェント用途でメモリを食う部分だ。1/4のHBM、1/8のSSDという公表値は、同じ機材でより長い文脈や多くの同時セッションを扱える余地を意味する。ただし、提供コストの低下やセルフホストのしやすさといった「帰結」は、公式文書が直接述べているわけではない(この点は未検証であり、実測が必要)。確認できているのは、MITライセンスの下で重みが公開され、vLLM・SGLang・Transformers・Docker Model Runnerとの統合手順が示されている、という事実までだ。
  • 構造的な読み: 閉じたモデルとの差は、一部のベンチマークでは並び、別のベンチマークでは残る。差が「全面的な賢さ」から「難度の高いタスク」へ局所化していることが、数字から読み取れる。
  • 移行の注意: 旧モデルIDの自動ルーティングは暫定措置とされている。固定のモデル挙動に依存するシステムは、移行先を明示的に指定しておく必要がある。